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2008年 03月 27日
![]() 屋根のない住宅とは? 今号の『JA』誌(69号“屋根の可能性”)。最近、建築についての論考で取り上げられることが多い(ような気がする)屋根についての特集号。 巻頭、アトリエ・ワンの塚本由晴氏のエッセイ『屋根の振る舞い』では塚本氏得意技の『新建築』チェック。 “・・・研究室の学生と共に『新建築』に掲載された住宅作品を1955年から2007年まで目を通してみたところ、建物の全体形が屋根型として判断できるものが2,034作品、逆に屋根なしと判断できるものが2,291作品あった。”・・・・・って、ん?“屋根なし”って?屋根のない家なんてありえる?・・・・・ ここで言う“屋根なし”っていうのは、陸屋根(平らで軒の出もなく瓦等がのっていない屋根)など、表現としての(一部機能としても)“屋根”を放棄した、またはモダニズムの文脈から積極的に表現としての“屋根なし”を選択した住宅をさしているわけです。 やはり日本に住むうえで、軒や庇についてのデザインは重要で、そんなこともわかったうえでの“屋根も軒も庇もないデザイン”を選択する場合もあるわけですが、その場合住まい手に、ある程度の不便を強いることになるかもしれないので、そのあたりの理解は当然必要になってくるわけです。 なんにしても子供も“家の絵”を描くときには必ず“屋根あり”を選択することからもわかるように、住宅の外観で屋根が与える印象はかなり大きく、屋根あり・屋根なしにかかわらず、積極的に屋根について考えるという行為は避けられないということなんでしょう。 今号の『JA』誌に取り上げられた住宅の中で、やっぱり最もとんでもないのは青木淳設計『N』。ニュータウンで展開される“地理的・歴史的文脈と関連なく、頭の中にしかない観念的な「理想的住宅街」(青木淳)”という文脈に一見沿うようなデザインで、しかし明らかに不自然な書割のようなファサードは、“周辺との同化”を“努力目標”としながらも、明らかにその目標を、はなから達成する気など無いようなデザイン。 さらに“地下の大きなスケール感の空間と地上の個室などの小さなスケール感の空間が、ぎこちなく並列され、その間を行き来することで生じる感覚は、まさにニュータウン特有の非現実的な感覚である。(青木淳)”っていうかなり“高度な遊び”がデザインされている住宅なので、これについて住まい手はちゃんと理解して住んでおられるのか?もしこの“高度な遊び”を理解して生活している住まい手がおられるのならどんな方々なのか? ただもしも、ニュータウンでの理想の生活を夢見る一家が普通にマイホームを建てたのがこの住宅で、周りのファミリーと同じように機嫌よくニュータウン生活を楽しんでおられるのなら、それはそれで最もとんでもないことかもしれません。
by kabuhaus
| 2008-03-27 15:18
| 建築
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